松澤一鶴は1932年に開催された第10回ロサンゼルス・オリンピックで日本男子競泳チームのコーチを努めた人物。第11回ベルリン五輪では競泳チーム監督、1964年東京五輪では事務局次長、その他水泳連盟の各種要職、戦後は東京都教育委員長を3期務めた。

 松澤はコーチとして、出発から閉幕後の慰安旅行までチームに同行。選手や練習、試合の様子をしきりにカメラに収めていた。

 松澤に率いられた男子競泳チームは、400m自由形を除く5種目で金メダルを獲得。100m背泳ぎでは表彰台を日本選手が独占するなど、華々しい活躍を見せた。

16mmフィルム1 約16分

「水球 ハンガリー対ドイツ」「スプリングボード 飛込 決勝」「バスから降りる日本選手団」「選手村の風景」「トラック競技」「飛込」「船内の様子」「日本選手歓迎会」「飛込」「女子スプリングボード 飛込 決勝」

16mmフィルム2 約8分

「平泳ぎ」「自由形」「水球」「高飛び込み」「船内で体操」「自由形」「国旗掲揚(選手村)」

ネガフィルム 400枚(うち100枚にはキャプションあり)

「船上の様子」「選手村全景」「練習風景」「朝の体操」「ロサンゼルス市内」「大会直前のカタリナ島遊覧」「大会関係者」「男女競泳各種目予選〜決勝」「水球」「優勝儀礼式」「ヨセミテ渓谷への慰安旅行」など