明治期の地所及び建物登記簿、土地建物見出帳の原本計456冊。登記簿制度の創設当初から明治30年代前半まで実際に使用されていたもの。

 地所登記簿は北野村・川崎村・天王寺庄など西成郡時代のものが30冊、北野・西成川崎ほか北区時代のものが4冊。

 建物登記簿は曽根崎村・北野村・川崎村・豊崎村ほか西成郡時代のものが88冊、曽根崎新地・天神橋筋・老松町・此花町ほか北区時代のものが187冊、その他、東成郡本庄村・中本村大字本庄2冊、西区裏新町2冊、西淀川区姫島町1冊がある。

 土地建物見出帳は、土佐堀通・北堀江・阿波座ほか西区のものが86冊、弁天町ほか港区が26冊、伝法町ほか此花区が25冊、北区が4冊ある。(リストございます。お問い合わせください)

 日本における登記簿制度は、明治19年公布、翌20年に施行された登記法(旧登記法)より始まる。旧登記法によって、治安裁判所(明治23年の裁判所構成法により区裁判所に改称)または戸長役場に設けられた登記所が登記事務を行うこととされた。そのため本品の登記簿の管理者も、時代や地区によって治安裁判所または大阪区裁判所または◯◯登記所等と異なっている。その後、明治32年に不動産登記法が制定され旧登記法は廃止、現行法の元となった。

 また本登記簿の大半を占める西成郡は、明治30年の第一次市域拡張により一部の地区が大阪市に編入された。そのため例えば、西成郡曽根崎村のものが北区曽根崎へと改められ引き継がれている。

 登記簿であるため、記載事項は現代まで引き継がれており内容に新規性はない。しかし、まさに過渡期における登記簿の歴史、及び人口が増加し市街地が拡大する大阪市の歴史を記録する資料である。